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皇妃エリーザベトは本当に自由奔放な女性だったのか?

講義No.11437

手紙からわかるマリー・アントワネットの実像

 近代ヨーロッパの宮廷女性は時間を持て余しており、よく日記や手紙を書きました。そうした直筆の文により人物像が明らかになった女性は数多くいます。フランス王妃マリー・アントワネットもその一人です。マリー・アントワネットといえば享楽的な女性というイメージで、実際にフランス革命以前の手紙からはそうした人柄がうかがい知れるのですが、革命以降はガラリと人が変わります。一転して政治に対し深い考察を見せ、さすがは18世紀オーストリアの国政を取り仕切ったマリア・テレジアの娘だと感じさせる文面になっているのです。

謎に包まれたエリーザベトの心中

 マリア・テレジアやマリー・アントワネットの生まれたハプスブルク家は、中央ヨーロッパに帝国を築いた名門の王家です。19世紀半ば、そのハプスブルク家のフランツ・ヨーゼフ1世に嫁いだエリーザベトは、間もなく夫の皇帝と不仲になり、姑との折り合いも芳しくありませんでした。宮廷生活にもなじめず、頻繁に旅行や移住をしたようです。彼女は日々どんなことを考え、悩んでいたのでしょうか。エリーザベトは自身の心情を込めた詩を書いていました。詩ですから書く頻度も多くなく、解釈が難しい文もあります。そのため、これらの詩だけでは、おぼろげな人物像しか見えてきません。

その生涯が創作物の題材に

 エリーザベトは自身の死後に手記を処分してくれるよう頼んでいたことから、そのほとんどが失われています。一部、残っているものもあるのですが、今も続くハプスブルク家の家中に眠り、公開されていません。では当時、周囲の人が彼女をどう見ていたかというと、面白いほど意見がバラバラなのです。「優しく上品だった」と褒めている人もいれば、「自分勝手でとっつきにくい人だった」と評している人もいます。ウィーンに寄り付かず、旅先で暗殺されるなど、ドラマ性に富んだ彼女の人生はミュージカルや演劇の格好の題材となり、ファンの多い日本では何度となく上演されています。

この学問がむいているかも西洋近代史、女性史

清泉女子大学
文学部 文化史学科 准教授
大井 知範 先生

先生がめざすSDGs
メッセージ

 知識を得ることばかり考えて感性をなおざりにしてしまうと、個性のない、どこかで見聞きしたような発想しか生まれません。しかし感性から出発して興味関心の先を調べることで、オリジナリティのある研究や、自分ならではの考え方ができるようになります。
 感性を磨くには、多感な中高生の時期が一番です。美術館に通う、世界遺産を巡る、ミュージカルや演劇を鑑賞するなど、触れて、感じたものを大事にしてください。触れる時期により感じ方も変わりますから、同じものでも深く、何度でも楽しむことができるでしょう。

メッセージ

 小学生の頃から歴史が好きで、特に日本の戦国時代や幕末維新の時代が好きでした。大学でも日本史を学ぶことにしたのですが、次第に近代日本と繋がりのあったドイツに関心が移りました。そして大学院に進んだ後、文献を探すためドイツに行ったとき立ち寄ったウィーンの街並みに圧倒されたのです。ウィーンにはまだマリア・テレジアの時代に作られた宮殿や動物園が残り、周辺国のさまざまな文化が混じり合った、独特の魅力がありました。そこで自分が見たこと、感じたことを研究してみようと考えたのです。

メッセージ

IT企業(SE職・総合職)/教諭(中学、高校)/ホテル業(総合職)/卸売業(総合職)/金融業(総合職・一般職)/航空業(専門職)/製造業(総合職・一般職)/司書/学芸員

※夢ナビ講義はそれぞれの先生の見解にもとづく講義内容としてご理解ください。

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大井 知範 先生がいらっしゃる
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 清泉女子大学は、日本語日本文学科、英語英文学科、スペイン語スペイン文学科、文化史学科、地球市民学科の5学科で構成された文学部と、大学院人文科学研究科からなるキリスト教ヒューマニズムに基づく女子大学です。キャンパスは東京都品川区の島津山と呼ばれる閑静な住宅街にあり、すべての学生が4年間の大学生活をこの緑豊かな恵まれた環境の中で過ごすことができます。「まことの知・まことの愛」という教育理念のもと、少人数教育による人格的触れ合いを通して、自分で考え、決断することのできる女性を育成します。

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