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儒学がもたらした日本人への影響を九州北部から探る

講義No.11250

近世まで重用された儒学

 5世紀頃渡来人によって持ち込まれた、孔子の思想を基礎とする「儒学(儒教)」は、古代・中世をへて江戸時代になると教育に重用されました。地域ごとに藩校(武士の子弟が通う学校)や(庶民のための)寺子屋・私塾が開かれ、その教育体系は幕末まで続きました。明治維新によって日本の体制は一新されましたが、教育内容はすぐに刷新されたわけではなく第二次世界大戦前まで継続し、明治以降の日本人の考え方にも影響を与えたと考えられています。

江戸時代後期には異学とされた学派も

 こうした儒学ですが、思想そのものの扱われ方は時代により変化しています。江戸時代後期には、老中・松平定信の「寛政の改革」による学問統制、「寛政異学の禁」が行われました。「孝」を重んじる倫理感を説く儒学には学派があり、寛政異学の禁では、身分や秩序を重んじて統治する「朱子学」のみを正しいとし、それ以外の学派を「異学」として取り締まったのです。そうした中、反朱子学を貫いた儒学者も存在します。九州北部には、福岡藩の儒学者・医学者で学問所を開設し、多くの門下生を輩出した亀井南冥(なんめい)がいました。弟子の多くが明治以降も活躍し、大きな功績を残していますが、自宅が火災に遭ったことから、関係資料はほぼ焼失したと見られています。それでも弟子の子孫の住居などで亀井家に関する資料が見つかる可能性は高く、今後、古文書や歴史的資料の新発見により研究が進むことが期待されています。

九州北部の教育史から日本思想史へ

 儒学の日本への影響を探るうえでは、江戸時代までの儒学の変遷と、明治以降の教育体系がどのように変わっていったのかについて、より深い検証が必要です。寛政異学の禁が行われる以前、福岡藩では朱子学と反朱子学(徂徠学)の2つの藩校があり、これは全国的に見ても珍しいケースとされています。こうしたことからも、九州北部地域の教育の歴史を探究することは、日本思想史の背景に新たな視点をもたらしてくれるはずです。

この学問がむいているかも歴史学、日本近世史、日本思想史

久留米大学
文学部 国際文化学科 教授
吉田 洋一 先生

先生がめざすSDGs
メッセージ

 江戸時代の儒学者、亀井南冥(なんめい、1743~1814)の名言に「一途によらぬのが道」があります。医者でもあった彼は西洋医学が日本に入ってきた当初、それまでの東洋医学をよしとする風潮がある中で、「病気を治すには、一つに固執するのではなく、いいと思ったことは一通りやってみることが大事」と言っています。
 あなたにもぜひ学問に限らず、マンガでもなんでも広い視野で「自分がいいと思えて継続できることは何か?」を自問してほしいと思います。それを続けていけば、次に学ぶべきことも自然と見つかっていくと思います。

メッセージ

 英語が得意でロックが好きだったことから、将来は海外で音楽分野の仕事に就きたいと、大学は英文(語)科を受験しましたが、希望はかないませんでした。浪人して勉強を続ける中で、ある日ふと「英語で自己紹介するとしたら?」と考え、日本についてまったく説明できない自分に気づいたのです。そこで日本史の勉強を始めたところ興味が深まり、志望大学も方向転換しました。現在は出身地の福岡県をはじめ、九州北部の事例を中心に地域の宝探しをしているような気持ちで日々研究を続けています。

メッセージ

博物館学芸員/公務員(文化財関連職など)/中学・高校教諭/研究職など

※夢ナビ講義はそれぞれの先生の見解にもとづく講義内容としてご理解ください。

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吉田 洋一 先生がいらっしゃる
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夢ナビ編集部