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最澄だけじゃない! 天台宗のスーパースター天海

講義No.09239

天台宗は最澄だけじゃない

 多くの人が天台宗について知っていることといえば、最澄が開いた宗派であること、比叡山延暦寺を本山寺院としていること、比叡山は織田信長による焼き討ちに遭ったことなどが挙げられるでしょう。しかし、信長による焼き討ち以降のことについてはあまり知られていません。ところが、その後も天台宗は続いていますし、天台宗の寺院もどんどん広がっていきました。仏教の教えで人を救おうとした僧や、天皇家や将軍家と密接に関係を持った僧も多くいます。

江戸時代の天台宗を支えた天海

 その中に江戸時代に活躍した天海という僧がいます。天海は、江戸時代以降の天台宗を考える上で最も重要な人物です。天台宗は比叡山の焼き討ちによって、戦国時代までの一つの時代が終わってしまいました。その後、比叡山は復興しますが、僧たちの間でもめごとが起きます。
 そのもめごとを収めたのが天海でした。天海はその手腕を認められ、徳川家康に重用されるようになります。以来、天海は関東一帯の天台宗の寺を任されるようになりました。家康を日光東照宮に祀る際にも、天台宗の考え方が取り入れられましたし、日光東照宮は天海および天台宗が管理することになったのです。

天海は謎の多い人物

 しかし、天海は謎の多い人物でもあります。なぜ謎が多いかというと、本人が出身や年齢を語らなかったからです。その分、弟子などが推測で書いた伝記がたくさん残っています。しかし、伝記だけでは天海がどういう人物だったか判断できません。そこで手がかりになるのは、天海本人が残した手紙です。手紙からは、天海は徳川家康という大人物と関わっていながら、政治そのものとは一線を画していたことがわかります。また、非常に勉強好きで、たくさんの本を集めていたこともわかります。そのような書物の中には重要文化財になるような史料もあるので、天海の蔵書を研究することは、天海以前の時代の仏教を研究する上でもとても意義深いことなのです。

この学問がむいているかも歴史学、仏教学

大正大学
文学部 歴史学科 准教授
中川 仁喜 先生

メッセージ

 高校までの歴史の勉強は、暗記中心になりがちです。しかし、歴史の勉強の本質は暗記ではありません。多くの品物や建物、証拠書類である史料などの「本物」が、現代まで残されています。
 教科書やインターネットで歴史的事実を調べて終わらせるのではなく、ぜひ今に残っている「本物」に触れてみてください。そうすれば、「なぜこんなものができたのだろう」といったさまざまな疑問や、「本物」に触れる前にはなかった、わくわくした気持ちが湧いてくるはずです。そして自分が納得するまで調べて追究していってください。

メッセージ

 私の実家はお寺です。幼い頃から歴史上の出来事や人物に関心を持っていましたが、生活の一部である仏教については当たり前すぎて、仏教史には関心を持っていませんでした。しかし、大学に入ってすぐのとき、ある古文書を読む授業がきっかけで、仏教史にも興味を持ち始めました。そして家には古文書がたくさんあるということを知り、どうせならその史料を読めるようになりたいと思って勉強を続けました。やがて、同じ宗派で、江戸時代に活躍した天海という僧侶にたどりついたのです。現在は江戸時代の仏教史を総合的に研究しています。

メッセージ

社会科の教員/博物館・美術館の学芸員/文化財担当の公務員

※夢ナビ講義はそれぞれの先生の見解にもとづく講義内容としてご理解ください。

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中川 仁喜 先生がいらっしゃる
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 大正大学は大正15(1926)年に設立された、2026年に100周年を迎える伝統のある大学です。6学部10学科の学問分野で文学や心理、歴史、メディアなど、多彩な学びを展開し、地域社会に貢献できる人材を目指します。キャンパスは東京都豊島区にあり、池袋・巣鴨からもアクセスしやすい立地です。全学部が4年間を同じキャンパスで過ごします。また、1学年約1200名の学生に対し、教員は154名。教員1人あたりの1学年の学生数が7.8名と、教員との距離が非常に近いことも特徴です。

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