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講義No.09860

江戸時代の画期的な「まちづくり」構想を実現した城下町・福山

江戸時代初期の画期的な都市計画

 広島県福山市に福山城を建てたのは、徳川家康のいとこで、大坂の陣などで功を挙げた水野勝成(かつなり)です。かつて福山を領有していた福島正則の後に、西国へのにらみをきかせよという使命を与えられて水野がやってきました。水野は、一度は福島家の居城であった山陽街道沿いの神辺城(かんなべじょう)に入るものの、この山奥の城を捨て、沿岸部を大規模に干拓して土地を造成し、福山城を新築するという都市計画を実行しました。

江戸を手本に開発

 そもそも徳川家は三河から関東へ移封させられ、沼地だった江戸を自ら開発しています。それが江戸として大きく発展する様子を見ていた水野は、水運にすぐれた港の土地造成が莫大な富を生むことを知っていました。そこで水野は船の発着が容易な「鞆(とも)」の地を選び、移住者には無償で土地を与え、無税としました。それにより、スピーディーに都市が形成されたのです。
 またこの地は風水で、大地の四方の方角をつかさどる「四神」の存在に最もふさわしいと信じられてきた場所「四神相応(しじんそうおう)」となっており、最適と判断したのでしょう。地図を比べてみるとわかるのですが、実は福山城周辺の構成は江戸ととてもよく似ています。実際に江戸城を建設した職人たちが福山城築城にも携わりました。

軍事より経済と見抜いた先見の明

 普通の城下町では、通りを入れ違いにすることで敵軍をまっすぐ進ませないようにします。ところが福山では真東の通りと東南の川からだけは、まっすぐ天守閣を望むことができます。江戸城を模した福山城の威容を見せようと景観を意識していたことは明らかです。そして何より面白いのは、福山城の内堀も外堀も不完全で、見た目は立派なものの、軍事上の防衛力がまったくなかったことです。大坂の陣が終わり豊臣氏の滅亡後、「元和偃武(げんなえんぶ)」と呼ばれる太平の世が来ることを見越して、経済発展を優先した開発を行った水野の先見の明が見て取れます。

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福山地区の現状

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福山城下町が作られた過程

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水野勝成の目指したところ

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この学問が向いているかも 建築学、都市計画学

福山市立大学
都市経営学部 都市経営学科 教授
西川 龍也 先生

メッセージ

 建築という学問は、良い意味で「なんでもあり」なところがあります。芸術家になりたい人、エンジニアになりたい人、都市開発などの行政職、不動産デベロッパー、インテリア関係など、いろいろな志望を持つ人がひとつにまとまっているジャンルだからです。
 ですから建築の世界に飛び込んだ後で、自分が選んだ狭い領域が「ちょっと違うな」と感じたとしても、必ず何かしら自分に合う道に軌道修正できます。そういう広がりがある学問分野ですから、ぜひあなたも建築という学問の扉をたたいてみてください。

先生の学問へのきっかけ

 私は岡山県倉敷市で生まれ育ちました。当時の倉敷は高度経済成長期で、大規模な工場地帯や住宅、団地が開発され、毎日のように変化、発展していました。見慣れた芸術や文化の町が失われていくという側面、新しい住民を迎えた新興工業都市としての側面を観察するうちに、町に変化をもたらすメカニズムを知りたい、またこうした町の変化や発展に、技術者として関わりたいと考えました。そこで大学では建築学を選び、大学院を出てからは自治体の技術職として活動してきました。現在は「まちづくり」を歴史的な観点から研究しています。

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西川 龍也 先生がいらっしゃる
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 福山市立大学は、福山市が設置する公立大学、4学期制による効果的な履修、4年間を通じた少人数参加型授業や、街と一体となったキャンパスを拠点に、福山市全体をフィールドとした体験型授業の充実が特色です。公立大学の特色を生かし、教育学部では地域の教育・保育施設との連携により実践力のある教育者・保育者を目指します。都市経営学部は全国初の学際的な学部で、環境を基盤として工学系、経済学系、社会学系の3つの領域を総合的に学び、持続的な都市社会の発展を担える人材を育成します。

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