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講義No.09553

ヒロシマを伝える・メディアの可能性を考えよう

ヒロシマについてあなたは何を知っていますか

 1945年8月6日、ヒロシマの上空から原爆が投下されました。そのときの地獄のようなありさまや、それを体験したひとたちの人生が大きく変わってしまったことは、あなたも聞いたことがあるでしょう。しかし、原爆について世の中のひとがイメージできるようになるまでには、先人たちの血のにじむような努力がありました。敗戦直後は日本政府、次にアメリカ軍から、ヒロシマについて書くことや語ること、研究することが禁じられたのです。プレスコード(検閲)と言います。禁が解かれたのは、7年目以降で日本が独立を回復した後でした。

ヒロシマを伝えたひとの努力はどう実を結んだか

 たとえ危険な目に遭ってもヒロシマを伝えようとしたひとのなかに、詩人の峠三吉、画家の四國五郎がいます。彼らは挿絵入りの詩集『原爆詩集』を世に送り出しました。あなたは、「にんげんをかえせ」というフレーズを聞いたことがありませんか。これが峠の詩の一節です。
 1954年、太平洋ビキニ環礁でマグロ漁船・第五福竜丸が水爆実験の死の灰を浴びます。事件を契機に、ついに広島・長崎の被爆者が本格的に声を上げます。そしてNHKと四國の呼びかけにより、原爆の体験を絵にするキャンペーンが展開していきました。さらに、当事者の声を出発点として、世界中に核兵器をなくそうという運動が広がります。2017年、国連で採択された「核兵器禁止条約」は、こうしたひとたちの力があってこそ生まれたものなのです。

メディアには、記憶を継承する可能性がある

 被爆者自身が原爆の絵を描く取り組みは、さらに発展していきます。広島市の基町高校の生徒たちが被爆者から話を聞き、1年かけて油絵にしていくのです。この取り組みは今も続いており、それを描いたドキュメンタリーは大きな反響を呼びました。詩、絵画、そして映像によるドキュメンタリーなどによって、ヒロシマの体験は被爆者だけのものではなくなっていきました。このような経緯を追っていくと、メディアの可能性が見えてきます。

夢ナビライブ2019 東京会場

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この学問が向いているかも メディア学、ジャーナリズム学、社会学

武蔵大学
社会学部 メディア社会学科 教授
永田 浩三 先生

メッセージ

 大学進学を控えて、不安や悩みを抱えているかもしれません。大学にいけば、それらがすべて消えるわけではありませんが、これまでとは違った人たちと出会い、キャンパスで自由を手にする中で、これまでとは違った自分を育てていくことが可能になります。今からわくわくしませんか。その時まで、本を読んだり、映画を見たり、いろいろな経験を積んでほしいと思います。友だちといっしょの時間ももちろん大事ですが、ひとり、孤独の意味を味わうこともまた大切な気がします。大学は素敵なところです。待っています。

先生の学問へのきっかけ

 私は、テレビジャーナリズムの研究を専門にしています。大学の教員になる前はテレビ局でドキュメンタリー制作をしていました。内気な性格で、人とのコミュニケーションも苦手でしたが、だからこそうまく話せない人の気持ちがわかるし、事前にしっかり準備をして取材に臨んでいるうちに、周囲からドキュメンタリー制作に向いていると言われ、携わった作品も評価されるようになりました。「不器用で、世の中とは向き合えないと思っていた自分でもできたんだから、君たちならすごい作品ができる」と、学生たちを励ましながら指導しています。

先輩たちはどんな仕事に携わっているの?

テレビディレクター/広告代理店/官公庁広報/出版編集者/映像編集者/システムエンジニアなど

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永田 浩三 先生がいらっしゃる
武蔵大学に関心を持ったら

 武蔵大学は「自立」「対話」「実践」の3つの目標を掲げ、旧制七年制高等学校から続く伝統の少人数教育は「ゼミ・演習」というかたちで堅持されています。「ゼミの武蔵」ともよばれる本学では、経済・人文・社会の3学部すべての学生が、1年次からゼミに所属します。10数名の少人数で、学生が主体となって発表・討論を繰り返しながら学ぶ「ゼミ」は、知識を深めるだけでなく自主性やコミュニケーション能力を育むことができます。このようなきめ細かな教育により、「面倒見が良い大学」としても高く評価されています。

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