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講義No.08376

秀次は、秀吉に切腹を命じられたのか? 隠された歴史の真実とは

なぜ秀次は切腹したのか?

 戦国時代を終わらせ、天下統一を果たした豊臣秀吉の晩年の汚点とされているのが、1595(文禄4)年7月15日に高野山で起きた「豊臣秀次切腹事件」です。側室・淀殿に男の子が生まれたため、甥(おい)の秀次が邪魔になり、秀吉が追放・切腹を命じたというものです。また秀次の妻子30数名も処刑されました。しかしこの事件について、「秀吉が切腹を命じた」という説が本当に正しいのか、最近になって疑問が持たれています。

秀吉は、秀次を高野山で生かしておくつもりだった

 通説では「秀吉への謀反の疑いをかけられた秀次は、秀吉により高野山へ追放され、切腹を命じられた」とされています。しかし『兼見卿記』(かねみきょうき)や『言経卿記』(ときつねきょうき)などの書物には、秀次は自らの身の潔白を証明するため、自発的に高野山へ赴いたことが記されています。さらに秀吉は、食事の支度をする使用人を置いてもよいと許可を出しており、秀次を生かしておく心づもりだったことがわかります。
 また切腹については、通説では「本来、打首獄門となるところを、無実なので切腹させられた」と解釈されてきました。しかし、のちに妻子など一族が公開処刑されたことを考えると、秀吉が秀次に「名誉ある死=切腹」を強いたのではなく、秀次が自らの潔白を証明するために、自死を選んだと考えるほうが自然です。

「歴史」は常に新しい発見があり、更新されていく

 また場所に注目すると、興味深い事実が浮かび上がってきます。秀次が切腹した高野山は、京の都から130kmも離れています。山深い高野山では「見せしめ」の効果に欠けることを考えると、秀吉がわざわざ秀次を高野山に追いやり、そこで切腹させたことに疑問符がつきます。
 このように歴史、特に日本史は、新説(新たな事実や解釈)が掘り起こされるたびに、塗り替えられていきます。過去の史料に丹念にあたり、歴史に新たな光を当てる、そして過去から教訓を学ぶのが史学の役割と言えるでしょう。

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39人公開処刑

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自害は命令?自ら?

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秀吉の真意とは

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この学問が向いているかも 史学

國學院大學
文学部 史学科 教授
矢部 健太郎 先生

メッセージ

 「歴史」を暗記の教科と思っている人は多いかもしれません。しかし実際に大学で学ぶようになると、過去の史料を丹念に読み解き、そこに残されている情報を分析する「情報分析学」だと気づくと思います。
 例えば、豊臣秀次の切腹について、史料を丹念に読み解くと、「秀次よ、早まるな! 勝手に切腹すると妻子が処刑されてしまうぞ」と言いたくなるような通説とは異なる事実が浮かび上がってきます。
 史学科で得た情報を分析する能力は、あらゆる分野で生かすことができます。ぜひ一緒に、歴史に新たな光をあてていきましょう。

先生の学問へのきっかけ

 中学時代は英語が得意だったことから、「将来は海外特派員になりたい!」と思っていましたが、高校生になると「歴史を学んで、高校の教員になりたいな」と考えるようになりました。
 そして「歴史を学ぶなら、教育学部よりも史学科のほうが専門性を高められるかもしれない」と思い、國學院大學の史学科に入学したのです。
 当時、「信長の野望」というゲームにはまっていたので、教授に「信長を研究したい」と申し出たのですが、「秀吉と天皇の関係を研究してみては?」と提案され、それ以来、秀吉の研究を続けています。

先輩たちはどんな仕事に携わっているの?

中学校・高等学校教員/マスコミ(出版社、新聞社など)/観光業界/大学院進学

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矢部 健太郎 先生がいらっしゃる
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