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講義No.08332

日本の近代史の中で果たした仏教の役割とは?

「お寺と檀家」の関係が生まれたのは江戸時代

 仏教が日本へ伝来し、飛鳥時代に聖徳太子が政治に取り入れて以来、江戸時代に至るまで「日本仏教史=日本史」と言えるほど国の運営と深く関わってきました。江戸時代には今も続く「お寺と檀家(だんか)」という関係が作られ、それは、幕府が民衆に対して必ずどこかのお寺に所属しなければならないという「寺請(てらうけ)制度」を敷いたことに始まります。

幕府に代わって民衆管理をしたお寺

 江戸時代の初めに定められた寺請制度は、キリスト教の布教活動を封じることが狙いでした。そして民衆の身分を証明する書類である「寺請証文」をお寺が発行するなど、民衆を管理する役割を担っていました。さらに、葬式は僧侶が行わなければならないとされたのも江戸時代で、仏教は民衆の生活に密着したものでした。
 ところが、明治時代になると、維新政府は天皇を中心とした中央集権体制の確立を図ろうとし、天皇と関係の深い神道を国教とする政策を推進しました。そのために、民衆と仏教の関係を遠ざけようとする政策がとられるなど、仏教は多難な時代をむかえましたが、民衆に浸透していた仏教が人々の暮らしから消えることはありませんでした。

寛容な日本人ならではの「神仏習合」

 日本では、一軒の家の中に仏壇と神棚の両方があり、結婚式は神社や教会で、葬式は仏式で行うことも珍しくありません。日本にはもともと神道があり、飛鳥時代に仏教が大陸から入ってきて、平安時代には神道と仏教をミックスさせた「神仏習合」の概念が定着していました。
 農耕民族で調和や融合を大事にする日本人は、常に両方の良いところを取り入れてきたのです。明治政府は「神仏分離令」を出しましたが、今でも仏教の中には神道の要素も多く残っています。例えば、寺院に見られる「おみくじ」「しめ縄」などは、神道から発したものです。多神教であることは、寛容な日本人の精神性をよく表していると言えるでしょう。


この学問が向いているかも 日本仏教史、近代仏教史

立正大学
仏教学部 宗学科 教授
安中 尚史 先生

メッセージ

 仏教というと、死につながる、忌(い)み嫌うものというイメージを持たれることがありますが、決してそうではありません。日本の歴史の中で、仏教による当時の近代化を図ろうとした聖徳太子、奈良の大仏造立に力を尽くした聖武天皇など、新しい国づくりのために仏教が使われてきた場面は非常に多くあります。
 それは仏教が体系化された理論を持ち、どの時代にも人々に納得されてきたからにほかなりません。私の専門は近代仏教史で、日本人の海外進出に合わせて日本の仏教が世界各地にどう展開していったかについて研究しています。

先生の学問へのきっかけ

 実家がお寺で、父が僧侶であり、高校の歴史の先生でもありました。まさに生きた歴史、仏教史に囲まれて育ち歴史好きな少年でした。
 小学生の頃に新聞づくりに目覚め、中学・高校時代を通して新聞部で活動しました。その後、立正大学の仏教学部へ進み、そこで出会った恩師から、「今までまったく研究されていないことをやってみては?」とアドバイスされ「近代仏教」を研究する道に入りました。
 「近代仏教」は30年ほど前まではあまり研究されていなかった分野で、研究者も少なかったことから、常に道を切り開きながら進んできました。

先輩たちはどんな仕事に携わっているの?

社会科教員

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安中 尚史 先生がいらっしゃる
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 立正大学は、9学部16学科を有し、多彩な学問分野において広く深く学ぶことができます。加えて充実したキャリア形成支援により、社会の多方面で活躍する優れた人材を輩出しています。本学は1872年(明治5年)東京・芝に開校の起点となる小教院を設立し、2022年で開校150周年を迎えます。品川キャンパスは山手線2駅から徒歩5分の都市型キャンパス、熊谷キャンパスは東京ドーム約8個分の広大な自然環境型キャンパスをもつ、学生数1万人を超える総合大学です。

※夢ナビ講義はそれぞれの先生の見解にもとづく講義内容としてご理解ください。

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