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講義No.04675

私たちが読んでいる『源氏物語』は紫式部が書いたものじゃない!?

戦乱の世を切り抜けた『源氏物語』

 日本最古の長編小説『源氏物語』は、世界中で高い評価を得ています。しかし、いま私たちが読んでいる『源氏物語』は、紫式部が書いてから約200年後に作られた写本をもとにしたものなのです。また、『源氏物語』を描いた絵画の現存する最古のものは国宝『源氏物語絵巻』で、『源氏物語』が書かれてから約100年後に描かれたものです。ただ、絵巻や13世紀の写本が現存するだけでも幸運だと言えます。京都では15世紀の応仁の乱の戦火で多くの書物が焼けてしまい、平安時代の作品のほとんどは、16世紀以降に作られた写本で見るしかないからです。

藤原定家の思いが込もった青表紙本

 印刷技術がなかった時代の書物は、人が一つひとつ手で書き写す写本でした。写本を作る際には、故意に書き直すこともよくありました。そのため発表から200年も経つと、同じ『源氏物語』でも写本によって内容がまちまちになってしまいました。これを嘆いたのが、小倉百人一首を編さんした歌人・藤原定家です。彼はできるだけ多くの写本を集め、その中の優れたものを校訂(比べ合わせて誤りを訂正すること)し、青い表紙をつけました。この「青表紙本」が私たちが読んでいる『源氏物語』のもととなっているのです。つまり「原作・紫式部、校訂・藤原定家」と言えます。青表紙本は54帖のうち4帖が現存し、これが『源氏物語』の最古の本文です。

オリジナルは残っていないけれど

 『源氏物語絵巻』と青表紙本には約100年の開きしかありませんが、すでに差異が見てとれます。例えば『蓬生(よもぎう)』の帖で、光源氏が花散里(はなちるさと)という女性の屋敷を訪ねる場面、絵巻には傘を差す光源氏が描かれていますが、青表紙本には「傘を差した」という記述はありません。
 残念ながら紫式部のオリジナルは残っていませんが、日本最古の長編小説を後世に残そうと藤原定家が情熱を注ぎ、多くの人々に読み継がれながら、『源氏物語』は現在もなお、さまざまな形で世界中の読者を魅了し続けているのです。

もう一つの『源氏物語』

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同志社大学
文学部 国文学科 教授
岩坪 健 先生

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メッセージ

 『源氏物語』は単なるプレイボーイの話ではありません。先入観を捨て、口語訳本でもマンガでも映画でもなんでもかまいませんから、まずは物語に親しんでみましょう。また、『源氏物語』は五感で楽しむことができます。例えば、『源氏物語』の映画を観れば視覚、光源氏のセリフを聞けば聴覚、『源氏物語』ゆかりのお菓子を食べれば味覚、『源氏物語』にちなんだ香りを嗅げば嗅覚、『源氏物語』をモチーフにした和小物を手にとれば触覚でというように、いろいろな楽しみ方があるのです。『源氏物語』をどうぞ五感で味わってみてください。

先生の学問へのきっかけ

 私は、京都御所の木立が見える場所で、日々、『源氏物語』の研究をしています。『源氏物語』を読んだことがありますか? 私が初めて『源氏物語』を読んだのは中学3年生の時で、教科書に載っていた「胡蝶」の巻の古文と谷崎潤一郎の現代語訳でした。自然描写の美しさが登場人物の心理描写とマッチしていることに感動し、たまらなく好きになりました。その後、高校生の時に円地文子(えんちふみこ)さんの現代語訳を読み、ますますのめり込んでいったのです。

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岩坪 健 先生がいらっしゃる
同志社大学に関心を持ったら

 同志社の創立者新島襄は、1864年、日本の将来を憂い、国禁を犯して脱国、欧米で学び、帰国。そして、1875年、京都に前身となる同志社英学校を設立しました。現在、同志社大学の校地は2つあります。今出川校地は同志社大学の誕生の地であり、140年以上にわたる同志社の歴史を感じることができるキャンパスです。キャンパス内の5棟は国の重要文化財に指定されています。京田辺校地は緑豊かな自然に包まれ、79万m2という広大な敷地に最新の施設・設備を有し、現代建築の精緻さを誇る学舎が並んでいます。

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