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講義No.03380

「不平等」条約を結んだ日本は本当に不利だったのか?

「不平等」条約、貿易では日本が優位だった?

 日本は1858年以降、欧米各国に対して治外法権の承認、関税自主権の喪失という「安政の5カ国条約」を結び、「開港」しました。これらの条約は俗に「不平等」条約と呼ばれ、条約改正が行われる明治後期まで、日本は外国と対等な関係を持てなかったと解釈されてきました。確かに法制度的には間違いではありませんが、本当に対等でなかったのかというと疑問が生じます。条約の内容とその後の運用を見ると、不平等どころか実は日本に優位性があったからです。

外国商人は、日本で市場調査ができなかった

 「安政の5カ国条約」のひとつ「日米修好通商条約」は、1858年アメリカとの間に結ばれました。通商上での注目点は、貿易港が横浜、長崎、神戸、函館、新潟に限られ、かつ開港場内でも外国商人が商業活動できる地域を「居留地」に制限したことです。これは、何を意味するのでしょう。例えば、外国人が綿織物を売ろうとしたとき、ヨーロッパとは衣服も気候も違う日本では、まずは需要を知ることが不可欠でした。しかし外国人は居留地外に出ることが許されなかったため、必要な市場調査が行えなかったのです。他方、居留地への出入を許可された日本人商人は、外国商人から商品を欲しい分だけ入手することができました。

価格の決定権も日本にあった

 逆に日本から生糸を買う場合も、外国人は非常に不利でした。横浜に運ばれた生糸には粗悪なものもありましたが、外国商人は生産地に行けないため、日本人が出す情報を信じるしかありませんでした。さらに、買い手である外国商人が多く、売り手である日本人商人のほうが少なかったため、価格の決定権は日本側にありました。外国商人は日本と良好な関係を継続的に築きたいので、無理難題を押し付けることはありませんでした。日本は法的には不利な条件にありながら、貿易においては有利な取引を行っていたのです。このように、法制度だけでなく、実際の売買記録を見ることによって、日本経済の本当の姿を発見することができます。


この学問が向いているかも 経済学、歴史学

九州大学
経済学部 経済・経営学科 准教授
鷲崎 俊太郎 先生

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メッセージ

 経済学では、一つの事実から複数の解釈を導き出すことができます。高校で学んだ歴史も複数の解釈の一つかもしれません。解釈には世代の差も影響します。生きている時代背景、学んだ学問の傾向によっても、解釈が異なってくる場合があります。経済学や経済史の目的は、そのような複数の解釈の中から時代が要求している相対的によい解釈や政策を見つけ出すことにあります。時代によって克服すべき課題や負うべきリスクは違いますが、そのような中でよりよい解釈ができる能力を身につけてください。

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