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「違和感」のチカラ―「既知」と戦うために

夢ナビライブ2019大阪会場にて収録

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関心ワード
  • 財政 、
  • 貿易 、
  • イギリス 、
  • マレーシア 、
  • 植民地 、
  • 分析 、
  • データ 、
  • 歴史 、
  • 経済

講義No.g006043

数値データの分析から新しい歴史的事実を探る

植民地政策は、現地の発展に貢献した?

 シンガポールと隣接するマレーシアのジョホール州は、1914年にイギリスの植民地になってから、貿易、財政、社会資本の整備、人口動態など急速な発展を達成しました。これら数量的に測れる客観的事実を基に、多くの歴史研究者は、英国による植民地政策が、現地の社会経済発展にある一定の貢献をしてきたことを言及してきました。それは当地域の経済史の研究者のみならず、地域の郷土史家についても同様でした。

イギリスに還流した5000万ドルの余剰金

 しかし、当時の経済状況を示す数値データを別の角度から調べると、従来の解釈とは異なる側面が見えてきます。例えば、当時のジョホール州の財政データを分析すると、毎年かなりの財政黒字を計上しているものの、そのほとんどが使われておらず、それが恒常的に蓄積されることで太平洋戦争が終わる前には、5000万ドルの余剰金があったことがわかりました。では、この5000万ドルは、いったいどのように使われたのでしょうか。実は、この余剰金は、宗主国とほかの植民地に低利の有価証券として還流しており、ジョホール州では、使われていなかったのです。

数値を別の観点から見ることで、新しい発見が

 この内実を示したのが、スルタン・イブラヒムというジョホールの王が、1951年に当時の植民地の総督にあてた手紙です。その中に、「太平洋戦争で日本軍がジョホール州に侵攻する前に、あなた方は、5000万ドルという大金をイギリスに持ち帰ったが、ジョホールには、その見返りが何もない」という記述があったのです。この手紙は、長らく非公開だったために、その存在を知る人も少なかったのですが、これを見つけたことで、植民地ジョホール州が宗主国を支えるのに大きな役割を果たしていたことがわかったのです。
 先人が行ってきた歴史的解釈を「常識」として受け入れるのではなく、自分で生の数値データをさまざまな角度から分析し、ほかの史料と合わせて考えていくと、それまで見えなかったものが見えてくるのです。

この学問が向いているかも 経済学、国際関係学、経済史

創価大学
国際教養学部 国際教養学科 教授
杉本 一郎 先生

メッセージ

 マレーシアの諺に“Hendak Seribu Daya, Tak hendak seribu dalih” (真に欲すれは千の力が湧き、そうでなければ千の言い訳がうまれる)という言葉があります。何かに挑戦する前に、なにを、なんのために挑戦するのかをじっくり考えて見てください。そしてそれを本当に、欲しているかどうかを自分に問いかけてください。その答えがYESならば必ず、いつ、どのようにするかがおのずとわかってくると思います。

先生の学問へのきっかけ

 データの収集と分析に興味をもったキッカケは、マレーシアのマラヤ大学で修士論文を書いたことでした。当時、シンガポールに隣接するマレーシアのジョホール州の植民地財政の分析をしていました。面白かったのは、公文書資料館で統計データを集め、整理していくにつれ、当初の仮説がくつがえされ、もっと大きな仮説が生まれ、それを立証できたことでした。先人たちがイメージとしてしか描けなかった世界に、統計データを提供し、実証的な分析をする醍醐味を経験したのです。この知的興奮を追求したくなり研究を続けています。

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杉本 一郎 先生がいらっしゃる
創価大学に関心を持ったら

 創立以来、学生と教職員が大学を創る者として、互いに対話、研鑽を重ねながら大学の価値を高めてきました。こうした教育・研究および社会貢献の成果は、文部科学省のGP(Good Practice)採択など、外部からの高い評価となり、普遍的な価値として、現代の大学教育に大きな示唆を与えています。また国際化が叫ばれる中、44カ国・地域、102大学との交流協定は、真の国際人養成に大いに貢献できることでしょう。